こんにちは!アイデア総研の持田です。
突然ですが、みなさんはハンドスピナーをご存知でしょうか?
2017年5月現在、全米の子供たちの間で大人気になっている玩具です。
日本でも徐々に話題になりつつあるので、もしかしたら今後大流行するかもしれません。
このハンドスピナーですが、玩具とはいっても遊びはあって無いようなもの。
ただただ指で回転させる、というだけの単純なオモチャです。
それって何が面白いの??という気がしますが、やってみるとあら不思議!なぜが手放させなくなってしまう不思議な魅力があります。
そのため、アメリカの孝部の学校では持ち込み禁止になっている、という話もあるようです。
そんな不思議な魅力と中毒性を持ったハンドスピナーですが、誰が何のために発明したのか気になるところですね。
今回は海外記事『As fidget spinner craze goes global, its inventor struggles to make ends meet』よりハンドスピナーの誕生秘話をご紹介し、ヒット商品のアイデア発想に迫りたいと思います。
ハンドスピナーって何?
ハンドスピナーは海外では”Fidget Spinner”と呼ばれています。
Fidgetとはfinger(指)とgadget(道具)を融合した造語で、そわそわ・もじもじという意味を持ちます。
ハンドスピナーはFidget Toyと呼ばれるジャンルのオモチャで、以前ご紹介したFidget Cubeもこのカテゴリーに含まれます。
ハンドスピナーは手のひらサイズの玩具で、中央に滑らかな動きのベアリングが内蔵されています。
中央のベアリングを指などで押さえ、周辺の突起をはじくとクルクル回る・・・というのが基本にして唯一の機能。
回し方によってさまざまなトリック(技)ができたりもしますが、ヨーヨーのようにトリックを競うというよりは”ただただ無心に回す”ことが基本的な遊び方になります。
そんなハンドスピナーですが、その誕生の裏には思わぬストーリーがあるようです。
では早速みてみましょう。
ハンドスピナーが世界中を熱狂させる中で、発明者は日々の生活に追われている
フロリダ州在住の発明家・キャサリン・ヘティンガー(Catherine Hettinger)さんは、このFidget Toyに関する特許を買う金銭的余裕はないが、突然の人気には満足している、と語っています。
世界中の子供たちの間で急速に流行してきた新しいオモチャ・フィンガースピナー(Fidget Spinner)のオリジナルの発明者として、キャサリン・ヘティンガーさん本来であれば金銭的な成功を手にしているはずです。
しかしこのフロリダ在住クリエイターは、その天才的な発明からは一切の対価を得ていません。
そして約20年前に彼女の7歳の娘を楽しませるため開発したこのオモチャの生産メーカーや販社は、今まさに世界的な需要を満たすために奮戦している状況です。
ヘティンガーさんは8年間に渡りフィンガースピナーに関する特許を保有していたましたが、$ 400(4~50,000円)の更新料を払う余裕がなかったので、2005年に権利を失効しました。
”そのとき私はちょうどお金を持っていませんでした。 非常に単純な理由です”と彼女は語ります。
手のひらサイズのハンドスピナーの中心にはボールベアリングが内蔵されています。
ボールベアリングの周囲には3本のプラスチック製の突起があり、指ではじいて回転させることができます。
英国と米国のいくつかの学校ではこのオモチャを勉強の邪魔になるとして禁止していますが、孝部の教師は子供が集中するのを助ける効果があると考えています。
ハンドスピナーを売っているメーカーや小売業者が大きな利益を上げている一方で、ヘティンガーさんは小さな家から安いコンドミニアムに引っ越しており、一度解約した電話をまた契約するかどうか、きちんと動く車を買うかどうかに頭を悩ませています。
彼女はオーランドの東にある郊外の都市ウィンターパークのコーヒーショップでインタビューに答えてくれました。
“発明されたもののうち、たった約3%だけがお金を稼ぎます。 私は他の発明家たちが発明のために家を抵当に入れて、やがてそれを失っていくところを見てきました。“
ヘッティンガーさんがハンドスピナーの特許を保持し続けることができていたならば、今やかなりの富を得ていたことでしょう。
“私は何の問題もありません。 これでいいのです。 “と彼女は語ります。
彼女はインターネットの創始者であるティム・バーナーズ・リーや 、ホバーボードの発明者シェイン・チェンのように、偉大な発明をしたにもかかわらず富を手に入れられなかった人々のリストに加わる一方で、富を得るチャンスを逃したことを悔やむわけではなく、ハンドスピナーの突然の人気によって “励まされている”と述べています。
”何人もの人が私に「あなたは本当に悔しくないのですが?」 と尋ねました。しかし私は、私が設計したもが世界中の多くの人々に受け入れられたということを純粋に喜んでいます”と彼女は語ります。
”現代の生活は多くのストレスにされされていす。ストレスを解消することは現代人にとって必要不可欠です。 ハンドスピナーは誰もが楽しくストレス解消することができます”
ハンドスピナーの持ち込みや使用を禁止している学校が増えていますが、一方でハンドスピナーの効果に助けられている学校もあると彼女は言います。
”私は自閉症の子供たちを教えている教師を知っています。ハンドスピナーは実際に子供たちを落ち着かせるのに役立ちました。”
ヘッティンガーさんは、1990年代初め、筋肉の衰弱を引き起こす重症筋無力症という難病に苦しんでいた娘・サラさんの世話をしていたときにハンドスピナーを思いつきました。
”彼女は私と一緒に既存のオモチャで遊ぶことができなかったので、新聞やテープなどの物を投げて遊んでいました。やがて、彼女と一緒に遊べるオモチャを考え始めました”
そしていくつかのテストモデルを経て、ハンドスピナーの原形となる試作が生まれました。
”私たちはそれを一緒に開発しました。娘も私も回転させることができるようにデザインしたのです”と彼女は付け加えます。
ヘッティンガーさんはその後数年を費やし、フロリダ州のアートフェアで改良したハンドスピナーを展示販売しつつ数千人の人々でプレーテストをしました。
彼女はまた、娘と一緒にワシントンDCへ飛び、1997年に米国特許商標庁でハンドスピナーに関する特許を取得しました。
しかしハンドスピナーが商業的に成功するかのように見えたとき、ヘッティンガーさんが失望する出来事が起こります。
ハンドスピナーの商品化を検討していた北米の大手玩具メーカー・ハスブロが、ハンドスピナーを商品化しないことを決定したのです。
やがて2005年に特許が失効し、ハンドスピナーのプロジェクトは一度は完全に終わったのです。
”私は技術者であって、数億円のビジネスをする人間ではありません”とヘッティンガーさんは語ります。
”当時お金があった、あるいはベンチャーキャピタルの投資を受けていたら、また違っていたことでしょう”
ヘッティンガーさんは現在フロリダ州の発明家評議会で他の人にアドバイスを提供する仕事をしており、 Kickstarterで十分な資金を調達できればオリジナルデザインのハンドスピナーを製造し販売する計画もあるといいます。
もしヘッティンガーさんがハンドスピナーの特許を保有し続けており、金銭的な成功を得ていたとしたらどのようになっていたかは定かではありませんが、”そのときは恐らく、より多くの発明をしていたことでしょう”と語っています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
2017年にヒットしているハンドスピナーの原形が1990年代にすでにできていたのは驚きですね。
彼女がはじめからハンドスピナーを万人に向けて開発したわけではなく、たった一人の彼女の娘を喜ばせるために開発したという事実は、ヒット商品開発の大きなヒントになるのではないでしょうか。
ヘッティンガーさんは今でも多くのアイデアを商品化に向け進めており、いつの日かまた新たなヒット商品を生み出すかもしれません。
彼女の今後の活躍に期待したいと思います
source:theguardian.com
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